山形/手向郵便局

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(確認前のデータ)
・羽黒山の杉並木と山伏を描く
(使用開始:平成30年10月9日)

鶴岡市羽黒町です。以前は東田川郡羽黒町でした。局名は「とうげ」と読みます。
鶴岡を含む庄内地方は以前から風景印の多い地域ですが、昨年10月から今年の1月にかけてこれまで風景印のなかった局にも配備が行われ、同時にいくつかの局では以前から使われていた意匠が新しいものに変更されました。リストは以下の通りで、内訳は鶴岡市14局、酒田市2局、遊佐町1局、庄内町1局です。
新規配備→大岩川、山戸、木野俣、栄、鶴岡淀川町、小名部、鶴岡千石町、八栄島、鶴岡朝暘町、東栄、羽前長沼、上田、高瀬、廻館
意匠変更→手向、山添、羽前本郷、西荒瀬

手向局では、昭和27年6月25日からずっと使われていた古い意匠が今回新しいものに変わりました。古い意匠を改める際は「古いままの方が良かったのに」という声が往々にして出たりしますが、これに関しては新しいデザインもとても良いと思います。山伏かわいいし。そもそも山伏が描かれた風景印自体少なくて(天狗はそこそこあるのですが)、今回作られたこれ以外だと愛媛県西条市の小松局ぐらいにしかありません。貴重。
羽黒山・月山・湯殿山の出羽三山は山伏の修行地ですが、現在は体験コースのようなものもあるそうです。↓こちらに今年度の詳細がありました。個人だと年1回、9月上旬に2泊3日で開催され、費用は32000円。
山伏修行体験塾 | 山伏修行 | 羽黒町観光協会

風景印に関して、気になるのは外枠です。外枠が十二角形をしていますが、これはなぜ十二角形なのでしょうか。こういう情報は時間が経つと正確なことが分からなくなってしまったりするので、早いうちに聞いておくに越したことはないです。ということで質問してみました。



お返事です。
手向局「山伏の頭襟(ときん)が12のひだを持っているため十二角形にしたもので、地元の高校生がデザインしました。」

十二角形は頭襟から来ているそうです。なるほど、ありがとうございます。「頭襟」は山伏が頭にかぶっているアレですよね。ひだの数が決まっているとは知りませんでした。(ググったらコスプレ用の頭襟の型紙とかも出てきました。興味がある人は作ってみよう)
↓これは高尾山のですけど、山伏の道具解説。一つ一つにいろんな意味があって面白いです。道具全体にも「十二道具」という名前がついてますし、12は何か縁の深い数字なのでしょうか。
修験十二道具・十六道具 | 高尾山薬王院公式ホームページ


最初に書いた通り、鶴岡では今回一斉に14局で風景印が新しく配備されたのですが、その中にもう一つ、外枠の記載がないものがありました。栄局です。

・本田のケヤキと工藤掃部翁碑を描く
(使用開始:平成30年10月9日)

「本田(ほんでん)のケヤキ」は市天記、工藤掃部(くどうかもん)は最上義光の時代に青龍寺川(しょうりゅうじがわ)を開いた豪農だそうです。…で、外枠が桜のような形をしていますが、なぜ桜(推定)なのかの説明がありません。
ということで、こちらも質問してみたところ、

栄局「栄地区にある栄小学校が2018年3月31日で144年の歴史の幕を閉じました。その学舎で育った子が、校庭にある一本の桜の花びらをイメージにし、その中に工藤掃部翁(青龍寺川開鑿)の石碑と重要文化財になっているケヤキをとじ込めたものです。」

という、大変詳しい解説をいただきました。えー、すごく意味が深い話じゃないですか。これも聞いといて良かった、ありがとうございます。
こういうの、ちゃんと郵政のページに載せればいいのに。何でも、局では上記の如く詳しく記入して提出したのに、掲載されたのはあの一行だけだったんだそうです。(郵政のweb担当の人〜!仕事して〜!)やはり個別確認は大事です。

今回の庄内地方の一斉配備に関しては、他にも郵政の担当者の理解が追いついてないのでは?と思えるケースがありました。酒田市の上田局。

・政庁南門とその背景にそびえる鳥海山、酒田市刈穂古川地内にある石碑を配す
(使用開始:平成30年10月9日)

↑これ、テキストだけ読んでも何言ってるかよく分かんないと思うんですけど、要するに「石碑」も「政庁南門」も「城輪柵跡(きのわさくあと)」の風景です。肝心なキーワードが書かれていないのです(一応印面からは読めるけど)。
「城輪柵跡」という単語をもしかしたら覚えていらっしゃる方がいるかもしれませんが、このブログではかつて本楯局のところで登場したことがありました。その時の写真をもう一度。↓風景印に描かれているのはこの石碑なのかな?と思ったら、局の方のコメントによると、これ以外に「刈穂古川地内(城輪柵跡の南側)」にもまた別な石碑があり、そちらを描いているんだそうです。ま、紛らわしい…!(そしてその石碑が具体的にどこにあるのかがよく分からない。どなたか行かれたら教えてください)


ちょっと斜めになってますが、現地にあった見取図。青丸が↑写真における石碑の位置です。


で、見取図の赤い矢印から南門を見た写真がこちら↓。南門の後方が鳥海山で、風景印に描かれているのはこの画面です。これは5月の初め頃の写真で、まだ山は雪がたくさん残っていて綺麗でした。(この時点ではこれが風景印になるなんて想像してなかったので撮ったのは偶々です。ナイス自分)


本楯局の風景印ができた頃は現地にはまだ石碑しかなかったのですが、その後施設の一部(東門・南門・塀)が復元されたため、上田局ではその一部が描かれているわけですね。


今年は風景印の配備が一気に増えそうな気配がものすごくあるので、こんな風に郵政のページで雑に取り扱われるケースも増えるのではないかと危惧している次第です。出されたもの全てを集める気は(元々)無いのですが、説明に関して気になったものは随時確認作業をして行きたいと思います。
庄内地方の一斉配備はこれ以外にもまだ謎の案件がいろいろあるので(今回本当にひどかった。選ばれた題材もマイナー過ぎるし説明も極めて杜撰)、またそのうち続きを書くかもしれません。

お返事ありがとうございました。
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