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山形/本楯郵便局


(確認前のデータ)
・能面
・史蹟「城輪柵阯」の碑
・鳥海山

(使用開始:昭和55年11月15日)

酒田市です。
城輪柵跡(きのわさくあと)は奈良時代末期に造営された出羽国国府所在地とされる場所で、昭和7年に国史跡に指定、さらに風景印ができた翌年の昭和56年には追加指定を受け、その後保存整備事業が行われています。
山形の文化財検索サイト「山形の宝 検索navi」

それは間違いないとして、「能面」とは何でしょうか。検索には引っかかりません。どこかで定期的に能の公演が行われているのか、それともどこかに奉納されている面なのか。ていうか、そもそもこれ能面ですかね?なんか違和感が。なんだろう?
これはどのような面なのか、引っかかるので質問してみました。
………………………………………………………………

お返事です。
「本楯に鎮守する大物忌神社(おおものいみじんじゃ)のお面がデザインされています」

お面は大物忌神社に関連したものだということが分かりました。
本楯の大物忌神社では、毎年5月の例大祭で「本楯神代神楽」が奉納されているそうです。こちらに写真が。
神話の世界堪能 勇壮に「本楯神代神楽」奉納|2012年05月04日付け紙面より|荘内日報社

つまりこれ、能面じゃなくて神楽面ですよね。違和感はそれか!検索で出てこないのも納得です。これは聞いてみて良かった。
酒田市民俗芸能保存会加盟団体 酒田市
↑このページの本楯神代神楽の項目にも「当地区の神楽には、江戸中期の面や衣装などが現存しており、重厚な歴史を感じさせます。」などと書かれていました。風景印に使われたのはそのお面なんだと思います。
神楽が行われるのは5月2日〜3日だそうです。ということで、折角なので今年のGWに行ってきました大物忌神社。
2日の夕方に到着したら、拝殿の左に神楽の舞台がセッティングされていました。2日は前夜祭で、19時頃から社務所で関係者の行事があり、19時半頃から神楽を上演、21時過ぎに終演だそうです。


2日は郵便局も営業していたので、本楯局にも行ってみました。さくらんぼ受付中の飾りがかわいい。


風景印の入った箱を見せていただいたら、ちゃんと
「地元の名峰、鳥海山をバックに、出羽国の国分寺跡とも言われている城輪柵跡の石碑と、本楯に鎮守する大物忌神社の神楽のお面がデザインされています」
と書かれた紙が貼ってありました。ありがとうございます。
周辺で時間をつぶして神社に戻ります。日は暮れて、ライトアップされた神楽殿。


本楯神代神楽には上通りと下通りの2組があり、毎年交代で前夜祭と本祭を担当するそうです。今年は前夜祭が下通り、本祭が上通り。演目は巫女舞、翁三番叟、伊弉諾尊(前夜祭が前編で本祭が後編)、大蛇退治などでした。
↓前夜祭の大蛇退治の直前で、三宝に盛ったお菓子を観客に向かって撒いているところ。画面には写ってませんが、すぐそばにはお菓子を求めて近所のお子様たちが群がってますw。
5月に入ったとはいえ夜はかなり気温が低くて、コートを着ていても寒かったです。ちゃんと防寒して行くべきだった。


翌3日の午前中は酒田市立資料館に行って、いろいろと地域の学習をしてきました。なんと城輪柵跡の記念スタンプ発見。前日もらった本楯局の風景印と一緒に押印しておきました。これは嬉しい。


城輪柵跡の実物も見てきました。現在は門や建物跡が復元されていますが、敷地の入り口には風景印に描かれた石碑もちゃんと残っていました。昭和7年に史跡指定された際に作られたもので、文字は当時の県知事(石原雅二郎氏)の書。これ自体も結構古かった。


再び大物忌神社へ行きます。この日はまず9時頃から神輿が出て10時に神社で行事。14時から再び神輿が始まり、その間15時半から神楽がスタート、最後の演目に合わせて17時過ぎに神輿が神社に戻ってくるという流れだそうです。
ちょうど14時頃に着いたので、神輿について行ってみました。最後尾から撮ってるので全然写ってないですけどw、前の方に猿田彦、神職、こどもの巫女さん(とてもかわいい)、獅子、お囃子、神輿を引くこどもたち(これもかわいい)などが連なって歩いています。町内をゆっくり回って、行く先々で大人は皆お酒飲んでご機嫌でした。意外とこどもが多くて良かった。もっと高齢化が進んだ感じを想像していたのですが(すいません)、全然そんなことなかったです。
バックの鳥海山は形が風景印のまんまですね。まだ雪が残ってて綺麗。


いまいち祭りのスケジュールを理解しきれていなかったために本祭の神楽の前半を見逃してしまったのですが(残念)、イザナギとスサノオは何とか見ることができました。↓本祭の大蛇退治。天井から吊り下げた大蛇を幕の後ろから操作しています。それを格闘の末つかまえて床に降ろし、天叢雲剣を手に入れたところ。神楽はかなり簡素化されている印象ですが、初心者にも見やすくて良かったです。(私は実際に神楽を見るのは今回が初めてです)


このお祭りは市の観光協会とかでも全然広報されてないし、風景印がなければ確実に出会わなかったと思われるものの一つなんですが、縁あっていろいろと面白いものが見られて良かったです。
よく「切手から絵画や美術を学んだ」みたいに言う人がいますけど、私はそんな感じで風景印から過去に接点のなかったさまざまなもの(美術のみならず歴史とか民俗とか人文全般)を学んでいる気がします。ただし(こんなブログをやってる関係で)興味の対象がかなりマイナーなものに偏っているために、風景印を集めている方と出会ってもいまいち会話が弾まなかったりするんですがw。まあそれは仕方ない。
最近数えてみたら、「未だに何が描かれているか解明できていない風景印」は残り100局を切っていました。残っているのは難易度が高いものばかりで、ちゃんと決着がつくかどうか分からないですが、できるだけ調査は続けて行きたいと思います。
お返事ありがとうございました。
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