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宮城/名取ニュータウン郵便局


(確認前のデータ)
・佐倍乃神社
・実方中将の歌碑
・藤

(使用開始:昭和60年1月23日)

名取市です。
画面中央奥に描かれた佐倍乃神社(さえのじんじゃ)には、三十六歌仙の一人・藤原実方(ふじわらのさねかた)にまつわる伝説があるそうです。「藤原実方がこの神社の前を通りがかった際、下馬しなかったため神の怒りに遭い、落馬により急死した」というもの。ちなみに実方は光源氏のモデルの一人とも言われている人です。
佐倍乃神社(道祖神社)|名取市観光物産協会

その「実方中将の歌碑」なんですが、描かれているのが本当に実方の歌碑なのかが怪しいです。
色々検索したところ、これは実方の歌碑ではなく、実方の歌碑の手前にある西行の歌碑ではないか、という結論に達しました。
↓こちらをご覧ください。現地に行かれた方の記録。該当箇所はページの一番下あたりです。
芭蕉の思い;笠島リベンジ

このページによると、実方の墓は細長い墓石を柵で囲ったもので、その左後方に実方の歌碑、右前方に西行の歌碑が立っています。それぞれ、
 実方→桜狩り 雨はふりきぬ おなじくは 濡るとも花の 陰に隠れむ
 西行→朽ちもせぬ その名ばかりを とどめおきて 枯野の薄 形見にぞ見る
という歌が刻まれているそうです。
石碑の形などから見て、風景印に描かれているのはこの「実方の墓の右前方にある西行の歌碑」ではないでしょうか。風景印を拡大すると、石碑の文字や左上の欠け部分も忠実に再現されていることが分かります。


どういう経緯で風景印の説明には「実方の歌碑」と書かれてしまったのか、気になったので質問してみました。
………………………………………………………………

お返事です。
局の方が解説書を送ってくださいました。わー、ありがとうございます!


↑これを読んで、なぜ風景印の説明が間違っていたのか何となく理解しました。この紙面を要約すると
「実方中将の碑や西行法師の碑、松尾芭蕉の訪れなど、名歌人にゆかりの深い史跡を複合して図案化したもの」
…って、文章ふわっとしすぎじゃないでしょうか。描かれているものが何なのかちゃんと具体的に明記しないせいで、案の定30年近くも間違いが継承される事態になっています。

西行も歴史上の有名人ですが、風景印は少ないです。ここ以外では岐阜県の恵那長島局に「伝西行塚」が出てくるぐらいでしょうか。結構珍しいので、何か使う機会があればいいなと思ってます。

お返事ありがとうございました。
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