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長野/座光寺郵便局


(確認前のデータ)
・元善光寺本堂
・如来御腰掛石

(使用開始:昭和34年7月1日)

飯田市です。かつての下伊那郡座光寺村(使用開始時には既に飯田市になっています)。
元善光寺は、長野善光寺の本尊が最初にあったお寺だそうです。本堂の左には寺紋の立葵が描かれています。
元善光寺 | 一度詣れよ元善光寺 善光寺だけでは片詣り

問題は「如来御腰掛石」ですね。元善光寺関連の資料をいくつか読んでみましたが、この石に関する記載が見当たりません。要するに「本尊の如来様が腰掛けていた(安置されていた?)石」という意味だと思うのですが。何だろうこれ。
「元善光寺の本尊が安置されていた」ということで一般的に有名なのは「座光の臼」と呼ばれるものです。臼の形をした大きな木で、こんな感じ↓。元善光寺の宝物殿で見られるそうです。

(元善光寺パンフレットより)

でも、形も違うし囲いも無いし、おそらくこれとは違うものなんじゃないでしょうか。
この如来御腰掛石とは何者なのか、質問してみました。
………………………………………………………………

ハガキを出して数日後、局長さんからお電話をいただきました。
「元善光寺の如来様が腰掛けた石というのが付近にあるそうなのですが、ただし元善光寺の敷地内ではなく、駅方面の◯◯さんという一般の方のお庭にあるそうです」
お寺の方に聞いてくださったそうです。ありがとうございます。ありがとうございます。
この話がもう3年以上前で、その間この問題もここから先に進んでいなかったのですが、最近になってようやく確認に行ってきました。
元善光寺にも行きましたよ。ちなみに昨年の3月まですぐそばに座光寺局があったのですが、今は線路の反対側に移転して、旧局舎はなくなっています。


宝物殿で座光の臼ほかを見た後、拝観の受付をしていた方に「如来御腰掛石」について聞いてみました。
そしたら何と、先代の住職さんが自費出版された本に写真があるそうで、そちらを見せていただくことができました。

(「復興」元善光寺大僧正 本多賢胤)

これか〜〜〜!俄然現実味が出てきた。何しろ今まで風景印以外の画像に全く出会わなかったのでテンションが上がります。ここまで来たら実物見たい、是非。

そこから座光寺局に行きました。局置きの住宅地図を見ながら如来腰掛石の所在地である◯◯さんのお宅を教えていただいたのですが、付近は同姓のお宅が複数あり、そのうちのどれがそうなのか、やや混乱がありました。
ここですごかったのは、局長さんが来局するお客さんほぼ全員と顔見知りだった(らしい)ことです。お客さんを何人も巻き込んで(すみません)ついに石のあるお宅を見つけました。
アポなしの飛び込みでしたが、家にいらした奥様がとてもいい方で、石を見せていただくことができました。ありがとうございます!
ついに出会った、それがこちらです↓。お庭の奥にあるので外からは見られません。石の左奥には、やはり元善光寺関連の石碑がいくつも建っていました。



如来様を乗せた臼を、(直接地面には置けないので)さらに石の上に乗せていたらしい。と、奥様が「言い伝えですけど」と教えてくださいました。ちなみに奥様も風景印にこの石が描かれていることは知らなかったそうです。

風景印の使用開始時(57年前)にはこの石も今よりもっと知られた存在だったのではないかと思うのですが(風景印になるぐらいだし)、時の流れと共に臼だけがフィーチャーされる一方で石の存在感が薄れていく、というのが何だか興味深いです。現在風景印以外には目につく所に情報がない、ということはこの風景印がなかったら一般の人はほぼ知る機会がない、ということじゃないですか。貴重!
この風景印はずっとこのままでいてほしいなあと思いました。

お返事ありがとうございました。
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